日本が生まれた日

プレシオスの鎖を解く

昨日大雪になった関東地方は雪解けの爽やかな朝を迎えました。

今日は祝日で「建国記念の日」。いろいろと考えさせられる日です。

久しぶりに、文豪みにゃざわは詩を書きました。

その前に、いつものように宮沢賢治の作品をひとつ紹介します。

宮澤賢治「ペンネンネンネン・ネネムの伝記」より

「みなさん。これからすぐ卒業試験にかゝります。一人ずつ私の前をお通りなさい。」と云いました。
 学生どもは、そこで一人ずつ順々に、先生の前を通りながらノートを開いて見せました。
 先生はそれを一寸見てそれから一言か二言質問をして、それから白墨でせなかに「及」とか「落」とか「同情及」とか「退校」とか書くのでした。
 書かれる間学生はいかにもくすぐったそうに首をちゞめてゐるのでした。書かれた学生は、いかにも気がかりらしく、そっと肩をすぼめて廊下まで出て、友達に読んで貰って、よろこんだり泣いたりするのでした。ぐんぐんぐんぐん、試験がすんで、いよいよネネム一人になりました。ネネムがノートを出した時、フゥフィーボオ博士は大きなあくびをやりましたので、ノートはスポリと先生に吸い込まれてしまひました。先生はそれを別段気にかけるでもないらしく、コクッと呑のんでしまって云ひました。
「よろしい。ノートは大へんによく出来てゐる。そんなら問題を答えなさい。煙突から出るけむりには何種類あるか。」
「四種類あります。もしその種類を申しますならば、黒、白、青、無色です。」
「うん。無色の煙に気がついた所は、実にどうも偉い。そんなら形はどうであるか。」
「風のない時はたての棒、風の強い時は横の棒、その他はみゝづなどの形。あまり煙の少ない時はコルク抜ぬきのやうにもなります。」
「よろしい。お前は今日の試験では一等だ。何か望みがあるなら云ひなさい。」
「書記になりたいのです。」
「そうか。よろしい。わしの名刺に向うの番地を書いてやるから、そこへすぐ今夜行きなさい。」
 ネネムは名刺を呉れるかと思って待っていますと、博士はいきなり白墨をとり直してネネムの胸に、「セム二十二号。」と書きました。
 ネネムはよろこんで叮寧におじぎをして先生の処から一足退きますと先生が低く、
「もう藁(わら)のオムレツが出来あがった頃だな。」と呟やいてテーブルの上にあった革のカバンに白墨のかけらや講義の原稿やらを、みんな一緒に投げ込んで、小脇にかかえ、さっき顔を出した窓からホイッと向ふの向ふの黒い家をめがけて飛び出しました。そしてネネムはまちをこめた黄色の夕暮の中の物干台にフゥフィーボウ博士が無事に到着して家の中に入って行くのをたしかに見ました。
 そこでネネムは教室を出てはしご段を降りますと、そこには学生が実に沢山泣いてゐました。全く三千六百五十三回、則ち閏年も入れて十年といふ間、日曜も夏休みもなしに落第ばかりしてゐては、これが泣かないでゐられましょうか。けれどもネネムは全くそれとは違ひます。
 元気よく大学校の門を出て、自分の胸の番地を指さして通りかかったくらげのやうなばけものに、どう行ったらいゝかをたづねました。
 するとそのばけものは、ひどく叮寧におじぎをして、
「えゝ。それは世界裁判長のお邸(やしき)でございます。こゝから二チェーンほどおいでになりますと、大きな粘土でかためた家がございます。すぐおわかりでございませう。どうか私もよろしくお引き立てをねがひます。」と云って又また叮寧におじぎをしました。
 ネネムはそこで一時間一ノット一チェーンの速さで、そちらへ進んで参りました。たちまち道の右側に、その粘土作りの大きな家がしゃんと立って、世界裁判長官邸と看板がかかって居りました。
「ご免なさい。ご免なさい。」とネネムは赤い髪を掻かきながら云ひました。
 すると家の中からペタペタペタペタ沢山の沢山のばけものどもが出て参りました。
 みんなまっ黒な長い服を着て、恭々しく礼をいたしました。
「私は大学校のフゥフィーボウ先生のご紹介で参りましたが世界裁判長に一寸お目にかゝれませうか。」
 するとみんなは口をそろへて云ひました。
「それはあなたでございます。あなたがその裁判長でございます。」
「なるほど、さうですか。するとあなた方は何ですか。」
「私どもはあなたの部下です。判事や検事やなんかです。」
「さうですか。それでは私はこゝの主人ですね。」
「さようでございます。」
 こんなやうな訳でペンネンネンネンネン、ネネムは一ぺんに世界裁判長になって、みんなに囲まれて裁判長室の海綿でこしらへた椅子にどっかりと座りました。
 すると一人の判事が恭々しく申しました。
「今晩開廷の運びになっている件が二つございますが、いかがでございませうお疲れでゐらっしゃいませうか。」
「いゝや、よろしい。やります。しかし裁判の方針はどうですか。」
「はい。裁判の方針はこちらの世界の人民が向ふの世界になるべく顔を出さぬように致したいのでございます。」
「わかりました。それではすぐやります。」
 ネネムはまっ白なちゞれ毛のかつらを被って黒い長い服を着て裁判室に出て行きました。部下がもう三十人ばかり席についてゐます。
 ネネムは正面の一番高い処に座りました。向うの隅の小さな戸口から、ばけものの番兵に引っぱられて出て来たのはせいの高い眼の鋭い灰色のやつで、片手にほうきを持って居りました。一人の検事が声高く書類を読み上げました。
「ザシキワラシ。二十二歳。アツレキ三十一年二月七日、表、日本岩手県上閉伊(かみへい)郡青笹(あおざさ)村字(あざ)瀬戸二十一番戸伊藤万太の宅、八畳座敷中に故なくして擅(ほしいまま)に出現して万太の長男千太、八歳を気絶せしめたる件。」
「よろしい。わかった。」とネネムの裁判長が云ひました。
「姓名年齢、その通りに相違ないか。」
「相違ありません。」
「その方はアツレキ三十一年二月七日、伊藤万太方の八畳座敷に故なくして擅に出現したることは、しかとその通りに相違ないか。」
「全く相違ありません。」
「出現後は何を致した。」
「ザシキをザワッザワッと掃はいて居りました。」
「何の為ために掃いたのだ。」
「風を入れる為です。」
「よろしい。その点は実に公益である。本官に於て大いに同情を呈する。しかしながらすでに妄(みだ)りに人の居ない座敷の中に出現して、箒(ほうき)の音を発した為に、その音に愕(おど)ろいて一寸のぞいて見た子供が気絶をしたとなれば、これは明らかな出現罪である。依って今日より七日間当ムムネ市の街路の掃除を命ずる。今後はばけもの世界長の許可なくして、妄りに向う側に出現することはならん。」
「かしこまりました。ありがたうございます。」
「実に名断だね。どうも実に今度の長官は偉い。」と判事たちは互たがいにさゝやき合ひました。
 ザシキワラシはおじぎをしてよろこんで引っ込みました。

(童話・宮澤賢治「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」より)

この「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」が「グスコーブドリの伝記」の話につながっていくといわれています。奇想天外なストーリーに冒頭や最後の草稿が紛失しているのが残念です。

貧しいネネムが化け物の世界の世界裁判長にまで立身出世する。「出現罪」という存在すること自体が罪になってしまう化け物たちの世界。最後にはネネム自身がこの出現罪を犯してしまい自分自身を裁くことになります。

「あゝ、ありがたう。もうどうもない。しかしとうとう僕は出現してしまった。
 僕は今日は自分を裁判しなければならない。
 ああ僕は辞職しよう。それからあしたから百日、ばけものの大学校の掃除をしよう。ああ、何もかにもおしまひだ。」
 ネネムは思はず泣きました。三十人の部下も一緒に大声で泣きました。その声はノンノンノンノンと地面に波をたて、それが向ふのサンムトリに届いたころサンムトリが赤い火柱をあげて第五回の爆発をやりました。
「ガアン、ドロドロドロドロ。」
 風がどっと吹いて折れたクラレの花がプルプルとゆれました。〔以下原稿なし〕

(童話・宮澤賢治「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」より)

賢治ならではのオノマトペや言葉遣いも楽しめる作品ですが、「よだかの星」にみられるような生きていることの意味合いや、民主主義や資本主義というものに行き詰まってしまった現代に、その先にある新しい世界のあり方を考えさせられる内容にもなっているような気がします。

建国記念の日の朝に 

建国記念の日の朝に                  2023.2.11

屋根づたいに刻まれるリズムが変わる
私は寝返りをうち時計の針を重ねる
さっきまで見ていた夢のあらすじに
まだ寄り添いたいと言い訳をしながらも
厚い布団から意を決して起き上がる

昨日一日雪を降らせた低気圧は
予報通りに北の国に向かったらしい
照らされた窓のスクリーンを開けると
夜中の雨で雪はその身をすくませていた
枝葉は夜のあいだ中いそがしく磨かれ
混ざりもののない青い空の下で反射している
かき氷の上にトッピングされた黄色い砂糖菓子のように
花壇の福寿草もゆっくりとその心の紐を解きはじめる

私はいつものように身支度を済ませ
窓辺のお気に入りの椅子に腰掛けて
湧いたお湯で一杯のお茶を入れて飲む
日めくりカレンダーは旗印のついた「建国記念の日」
どうやら日本という国は今年で2683歳になったらしい

自分のものだと主張し譲らない戦いは
世界のどこかで幾度となく繰り返されてきた
生まれた時から仕組まれてきた
おまえはどこの生まれだと問われ
それぞれの色別に仕分けられて
逃げられないように足枷がつけられる
力だけで支配する者たちはいつだって公僕を名乗る
断捨離という言葉が普通に拡がったこの時代になっても
支配する者たちはその鎖を解こうとはせず
争いはいまだ絶えることがない

お日様は分け隔て無く遍く照らし
地球は生まれてから今この瞬間まで
ただただすべてを投げ出し与え続けているというのにね
私はカップの温もりを両手に抱えながら
同居している窓辺のビオラにそっと語りかけてみる


(詩・文豪みにゃざわ)

福寿草の花

福寿草 フクジュソウ
学名:Adonis ramosa
英名:forked-stem adonis
別名:エダウチフクジュソウ、献歳菊、元日草、朔日草、
分類:キンポウゲ科
開花時期:2月~3月 深黄色

ハウス栽培されたものが正月に鉢花として販売されます。光や温度に非常に敏感で、
昼間でも日がさえぎられると
1~2分で花がしぼみ、
再び日があたると
いつの間にか花が開く性質があります。
寒い時期に咲くので、
花びらを開閉することで
花の中の温度を
下げないようにしているようです。根と茎は有毒。花が終わる頃、
人参(にんじん)の葉のような、
こまかい葉が出てきて
一面に広がります。晩春のころから葉を枯らし、落葉します。

タイトルとURLをコピーしました